「愚将」牟田口廉也 “不適材不適所”を生んだ組織の病とは何か?…今につながる日本陸軍の問題 

2018/08/14(火) 16:38:41.36
「愚将」牟田

「総踊り」(※企画です)
――――――――――――
「愚将」牟田口廉也 “不適材不適所”を生んだ組織の病とは何か?
今につながる、日本陸軍の問題

広中 一成

 毎年夏になると、各メディアではアジア太平洋戦争(当時の日本での呼称は大東亜戦争)をテーマにした特集が組まれる。
 この記事もその例に漏れず、日本の戦争について振り返っていきたい。

■失敗した「インパール作戦」とは何か?

 毎夏の戦争特集のなかで、日本の戦争の失敗例としてよく取りあげられるのが、インパール作戦だ。
 これは、1944年3月、ミャンマー(当時の国名はビルマ)を占領していた日本陸軍が、インド北東部の都市インパールを攻略する目的で始めた戦いであった。
 ミャンマーは5月頃から雨季に入るため、作戦期間は雨季前の1ヶ月間と設定された。

 しかし、インパールまでの道のりは、2000〜3000メートル級の山々が連なる密林地帯で、わずか数キロ先ですら容易に進めないことが多々あった。

 インパール作戦で日本軍が敗れた決定的原因のひとつとなったのが、戦いに向かう日本軍将兵に充分な食料を補給しなかったことだった。
 短期間で作戦を決着させるため、将兵らは険しい道のりを素早く踏破できるよう、できるだけ軽装にさせられ、食料も最低限の量しか渡されなかった。

 将兵が持てなかった荷物は、彼らの後方をついてきた羊や牛などの家畜に背負わせた。
 そして、もし将兵の食料が足りなくなったら、その家畜を殺して食べてもよいとされた。

 インパール作戦は、誰が聞いてもむちゃくちゃな計画だった。

(以下略、続きはソースでご確認下さい)

文春オンライン 2018/08/13
http://bunshun.jp/articles/-/8520

952名無しさん@1周年2018/08/14(火) 19:02:44.63
>>937
硫黄島の栗林中将はクソ暑い地下室にずっといて
頭脳に変調をきたしてしまって、実際の指示は
参謀たちがおこなった。
953名無しさん@1周年2018/08/14(火) 19:02:47.36
>>877
それ、彼の終盤
戦前、誰を総理にしても、軍が大臣を出さないので組閣できない状況にあった
ならば、強硬派の彼を総理にして、対米開戦回避を命じれば良かろうと言うことで
彼に組閣命令が出た
期待通り、東條上等兵は開戦回避工作を続けるが
米に振り回されて轟沈
米がやる気になったら、逃げられる国はないと言う教訓なのです

某国は貿易戦争頑張ってください
954名無しさん@1周年2018/08/14(火) 19:02:55.04
>>925
二週間前からこっそり忍び寄ってるんだよな
955名無しさん@1周年2018/08/14(火) 19:03:01.24
>>923
某エベレスト登頂漫画で似たような事言ってた人がいたな
956名無しさん@1周年2018/08/14(火) 19:03:07.75
>>936
敵が褒めるということは褒めることが敵にとって利になるということだからな
こちらにとってはマイナスでしかないわな
957名無しさん@1周年2018/08/14(火) 19:03:09.06
>>945
現在も国民に増税して補給を断ってるだろ
伝統だよ
958名無しさん@1周年2018/08/14(火) 19:03:22.23
>>854
マレー作戦も奇襲だろボケ
959名無しさん@1周年2018/08/14(火) 19:03:24.17
なんで膨大な数の兵卒を殺した戦犯が
日本に帰ってのこのこ生き延びれたんだろう?
960名無しさん@1周年2018/08/14(火) 19:03:34.65
>>1
若い頃の席次のまま出世していき、責任を取らずに死んでいく
これじゃ柔軟な発想はできんでしょ
諜報は陸軍が圧倒的だったのに、その情報を全く生かせなかった
961名無しさん@1周年2018/08/14(火) 19:03:40.11
>>951
責任とらされてサイパンに左遷。全滅。
もとは皇族が派遣されるはずだったが、交代。
関連記事