もしロシア革命がなかったら「露日関係」は… 100年後の視点から

2017/12/27(水) 18:30:57.42
もしロシア革

ロシア革命の象徴のひとつとされる防護巡洋艦アヴローラ 1917年。
革命時は、冬宮(現エルミタージュ美術館本館)を砲撃、革命の勝利に貢献したとされている。
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ロシア革命を報じる日本の新聞
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1917年のロシア革命から100年が経った。ロシア国内では革命の原因や性質、その影響などについて、再び際限のない議論が繰り広げられている。歴史学者の間だけではない。一家言ある人なら、誰もが持論を展開している。しかし、議論の中身は昔も今も同じである。つまり革命を「支持するか」それとも「反対するか」、ロシア革命は善なのか悪なのか?という争いだ。

100年前の当時、もちろん日本も影響を受けている。ロシア革命は世界を大きく揺り動かした大事件なのである。その後誕生したソビエト連邦を通じても、革命は全世界に影響を与え続けてきた。

ロシア革命が露日関係に及ぼした影響を考える中で、ある重要な出来事が見過ごされることが多い。前年の16年夏に締結された両国間の軍事・政治同盟(第4次露日協約)は革命によって決裂し、効力を発揮するチャンスすら与えられないまま過去のものとなってしまった。

この協約は、150年以上にわたる両国の関係が最も良好だった瞬間の、露日関係のハイライトともいえるものだった。単に平和、中立、協力関係が約束されたということだけではない。政治面のみならず、軍事面でも相互に義務を負うというものであった。軍事的な義務は、両国が世界大戦で同盟国であったことによるとされているが、実はそれだけではなかった。当時の世界情勢に後押しされたという側面が強いことも確かだが、ポーツマス平和条約締結の後、敵同士であったロシアと日本は、わずか11年の間に「軍事同盟関係」を結ぶレベルまで信頼を深めていったのだった。

では、もしロシア革命が成功に至らず、この協約が継続していたとしたら、国際政治にどのような影響を与えていただろうか。今となってはあくまで仮定の上での想像でしかないが、極東と北東アジアのパワーバランスを大きく変化させ、中国の運命にも影響を与えていたことであろう。さらに重要視すべきことは、協約が継続していれば、日露戦争により両国間に生まれつつあった敵意と不信感が払拭されていたのではないかということである。

このように考えていくと、もし革命が起きずにこの協約が続いていたなら、ロシアと日本は第2次世界大戦の最後の段階で戦火を交えることはなかっただろうと思えてならない。両国は、競争関係にあったかもしれないが、戦争にまで至ることにはなかったはずだ。それもひとえに当時の政治家たちが話し合いを重ね、友好を深めていくことに長けていたからだ。彼らはそのために必要な意欲と政治力を充分に兼ね備えていた。

露日協約はロシア革命によって完全に破壊された。しかし、これはロシア革命による数多くの悲劇的な影響の一つに過ぎない。ロシアは革命によって、それよりもずっと恐ろしい影響をいくつもこうむっている。ただ露日関係にとっては、これは疑う余地のない後退であり、今日もその影響は克服されていない。

今後も、失われたものが元どおりになることは恐らくないだろう。そしてロシアと日本の間に、今後、新たに同盟関係が結ばれることも恐らくないだろう。しかしながら、友好を深め、協力を進めていくことを学んでいかなければならない。

最近、安倍首相とプーチン大統領の首脳会談をはじめ、さまざまな枠組みで両国の協力が議論されるようになった。抽象的な政治の話ではない。具体的な相互協力の中身が話し合われている。露日関係には、明るい展望も見えてきつつある。具体的な協議の先には、同じように具体的な結果が私たちを待っていると心から信じてやまない。

筆者/ワシーリー・モロジャコフ(MOLODIAKOV Vassili)
拓殖大学日本文化研究所教授。1968年モスクワ生まれ。1993年モスクワ国立大学卒業、1996年同大学博士課程修了。歴史学博士(Ph.D., モスクワ国立大学、1996年)、国際社会科学博士(Ph.D.,東京大学2002年)、政治学上級博士(LL.D., モスクワ国立大学、2004年)。2000〜2001年、東京大学社会科学研究所客員研究員。2003年、拓殖大学日本文化研究所主任研究員。2012年より現職。ロシア語で著書30冊以上、そのうち日本に関するもの15冊。日本語での著書に『後藤新平と日露関係史』(藤原書店、2009年)、『ジャポニズムのロシア』(藤原書店、2011年)。

2017.12.27
https://www.nippon.com/ja/column/g00451/

230名無しさん@1周年2017/12/28(木) 05:44:21.25
ソビエト労働者革命政権とか言っても、
実体はキチガイ軍団の独裁政権
恐怖政治でしかない
231名無しさん@1周年2017/12/28(木) 05:45:36.72
>>229
>ナチスは一般国民を平時において、葬ることはしなかった

ドイツ国籍を持っているユダヤ人、政治犯、敵対派閥、障碍者・精神病患者
ぜーーーんぶドイツの自国民ですけどw

その「共産党は粛清とかするから!!」っていうのはヒトラーおじさんの妄想であり、
冷戦時のアメリカの論法っつってんでしょ

そのアメリカは正当な選挙で成立した南米諸国の政権を軍事工作で潰して
自国に都合のいい独裁者を吸えたりしてんだぞwww
アメリカ帝国は何回絶滅させたら釣り合うのかな?
232名無しさん@1周年2017/12/28(木) 05:56:20.02
>>231
そう言うやつを処分するのと、なんでもないやつ処分するのとではまた話が違う

ナチスがそういう事大っぴらにやり始めたのは敗色濃くなってきたころであり、
政権をとる30年代初頭まではそんなのはなかった

ロシア革命以降、20年代のロシア帝政残存勢力と諸国はロシア革命軍との戦闘に明け暮れた
それは戦闘というより、殺戮処刑合戦でしかなかった
極東から中央アジア、東北欧まで、村ごと焼き討ち皆殺しされたのは数知れず
そういうのが時に同じ革命軍同士でも、末端の兵士レベルでも起こり得た

それが欧州まで広まりつつあった
当然共産主義政権ができる国も出てくるわな
そうして生まれたのがナチス

ナチスだってただ何となく生まれたわけではない
233名無しさん@1周年2017/12/28(木) 05:58:29.57
訂正 当然、反共産主義政権ができる国も出てくるわな
234名無しさん@1周年2017/12/28(木) 06:03:36.29
国力を回復し、自信を深めたヒトラーは
やっかいで危険な共産国家を打倒すると決めていた
ヒトラーの目標はソ連の打倒のみである
欧州の制覇とか、世界征服だとか、そんなのはない
もしソ連が共産主義をあきらめ、帝政なりロシア連邦国家になるというなら、
ヒトラーもあんなバカな行動は出なかったであろう
結局は疑心暗鬼だつたということだ
235名無しさん@1周年2017/12/28(木) 06:03:56.01
>>10
皇帝なんて
革命で倒して
処刑で桶

ロシア革命の時の貴族どもは
まだ根絶やしにされなかっただけ
有難いと思わなくては
236名無しさん@1周年2017/12/28(木) 06:04:22.67
>>232
障碍者は処刑してもいいんだ!!っていうのは話にならんぞww
そこ認めたらアカンやろwww
天然ジョークはほどほどにしてくれよな

>ロシア革命以降、20年代のロシア帝政残存勢力と諸国はロシア革命軍との戦闘に明け暮れた

各国が大規模な干渉を繰り返しましたからねえ
一番最後まで軍隊を送り込んでいたのが極東の某国だったわけだがw

その国も1940年代にソ連から石油を輸入していたって知ってた?
237名無しさん@1周年2017/12/28(木) 06:06:35.55
>>235
7割の富をごく一部の富豪が握り、皇帝プーチンが統治する現代ロシアは
モンゴルやロシア帝国の政党後継者だ
面白いよなw
238名無しさん@1周年2017/12/28(木) 06:08:40.10
>>232
>敗色濃くなってきたころであり、

1930年代から処刑や暗殺粛清が始まっているだろう

スターリンは突撃隊を粛正したヒトラーの手腕に感嘆していたらしいがw
239名無しさん@1周年2017/12/28(木) 06:09:13.27
>>230
何言っているんだボケ

農地を貴族から収奪して農民に分け与え
帝政ロシアの時に持っていた植民地を
元の国にことごとく返却した
ロシア革命の時のレーニンの魂は紛れもなく本物であった
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