柳川藩祖の立花宗茂が家臣思いだった証し? 鎧の袖を公開へ 福岡・柳川古文書館

2017/11/27(月) 06:42:49.92
柳川藩祖の立

立花宗茂が家臣思いだった証し? 鎧の袖を公開へ
朝日新聞:2017年11月27日00時06分
http://www.asahi.com/articles/ASKCS2T9TKCSTIPE006.html

http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171124001063_comm.jpg
立花宗茂肖像=立花家史料館蔵
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171124001056_comm.jpg


 柳川藩祖の立花宗茂(むねしげ)が身につけ、家臣に譲ったとされる、安土桃山時代の鎧(よろい)の袖の一部が見つかった。
宗茂が家臣を大事にしたことを伝える逸話に登場してくる袖とみられるという。
12月から福岡県柳川市で開かれる特別展で展示される。

 発表した柳川古文書館(柳川市)によると昨年10月、柳川市の小野硯一郎さんが東京に転居する際、自宅で鎧を保管してある木製の箱にしまっていた袖の一部を同館に寄贈。
市史専門研究員の植野かおり・立花家史料館長と日本甲冑(かっちゅう)武具研究保存会副会長の西岡文夫さんが調査、鑑定した。
小野家の先祖・小野成幸は宗茂の家臣という。

 袖は「金白檀塗色々威壺袖(きんびゃくだんぬりいろいろおどしつぼそで)」。
長さ30センチ、幅は肩に近い部分で27センチ、先端が23センチと若干細くなる。
重さ720グラム。七段重ねの鉄板は金箔(きんぱく)がほどこされ、その上から漆が塗られている。紫、紅、白、紫、紅、白の順に糸でつながれている。
立花家の家紋である「杏葉紋(ぎょうようもん)」の金物がつく。

 宗茂の袖である確証は二つあるという。
古文書館の白石直樹学芸員によると「袖を所有していた小野家でも、宗茂から賜ったものであるとの話が代々伝わっていた」という。
古文書館の史料には、立花家でも道具の管理台帳に、小野家に授けたという記述が残る。

 もう一つは、朝鮮出兵での戦い…

残り:872文字/全文:1450文字
※公開部分はここまで
※無料登録して全文を読むことが出来ます

2名無しさん@1周年2017/11/27(月) 06:46:57.03
当世具足?
3名無しさん@1周年2017/11/27(月) 07:10:29.28
こんなえらい戦国武将はいない
4名無しさん@1周年2017/11/27(月) 07:13:41.12
こんな危険物に触れる勇者が福岡にいたとはな
5名無しさん@1周年2017/11/27(月) 07:16:16.27
俺豊前高橋氏の傍系の子孫
6名無しさん@1周年2017/11/27(月) 07:16:32.88
そのわりには柳川とかパッとしないよな
7名無しさん@1周年2017/11/27(月) 07:19:41.41
東の本田忠勝、西の立花宗茂
8名無しさん@1周年2017/11/27(月) 07:34:20.80
一方、黒田官兵衛は自分の着古した服を家臣に買い取らせていた
9名無しさん@1周年2017/11/27(月) 07:58:23.99
俺のじいさんとばあさん立花系の奉公で出会った。
10名無しさん@1周年2017/11/27(月) 08:09:06.02
小野さんって事は小野鎮幸の子孫か
11名無しさん@1周年2017/11/27(月) 08:10:14.98
でも奥さんには嫌われてた