野球独立リーグ「夢を諦める場所」 給料は平均15万円 

2018/07/19(木) 14:07:37.07
野球独立リー

こんにちは!ゆるパブメンバーの千葉です。今回は僕が10年前に所属し、そのご縁で福井県を知るきっかけになった福井県民プロ野球球団・福井ミラクルエレファンツについて、お話ししたいと思います。

■独立リーグというプロ野球球団

福井ミラクルエレファンツはBCリーグ(ベースボールチャレンジリーグ)に所属するプロ野球独立リーグのチームです。福井県を始め北信越に5チーム、関東に3チーム、東北と近畿にそれぞれ1チームの全10球団で成り立つこのリーグは2007年に発足。我らが福井ミラクルエレファンツはリーグ発足の翌年、2008年に立ち上がったプロ野球球団です。僕はその1年目、2008年にドラフトを受け入団。チームにおいて絶対に破られない記録を僕は持っていて、球団発足しチーム公式戦で1本目のヒットを打ったのが実は僕なんです。大した記録ではありませんが絶対にこの記録は破られることはありません。(笑)

その福井ミラクルエレファンツに27歳で入団。1年間プレーをして、引退しました。

■なぜ、独立リーグにきたのか。そしてその場所とは。

僕の小さい頃からの夢はプロ野球選手。夢のNPB(巨人や阪神などのいわゆるプロ野球)には入れなかったものの、最も近づいたのが24歳の時。日本ハムファイターズの入団テストで最終テストをクリアしましたが、2004年の近鉄・オリックスの合併の余波やタイミング、僕の力不足で入団の夢は叶わずでした。そしてその後2年間のサラリーマン生活のあと独立リーグという存在を知り、最後に夢を追いかけに来たのがここ福井県だったのです。

「夢の続きを」そう思っていたものの年齢は27歳。一応肩書きだけはプロ野球選手になることができたわけですが、環境は簡単なものではありませんでした。それはBCリーグの村山代表がいつもおっしゃっていた言葉にも表されています。

「ここは夢を諦める場所でもある」



夢を追いかけることは一見キラキラしているようで素敵なことですが、27歳だった僕にとって区切りをつけることも必要なことでした。なぜならあの時の年齢は順調に生きれば人生の半分にも満ちていない年齢で、選手時代よりももっともっと長い時間が先に待っていて野球選手という夢にケジメをつけなければいけなかった。だからこそ代表の「夢を諦める場所」という言葉が響いたのです。そしてその“夢を諦める場所”での最後の“夢の続き”が始まりました。

■決して恵まれていない環境。その中での出会い。

毎日好きな野球でお給料がもらえる。そんな憧れだった野球選手でしたが、当時もらえた給料は平均15万円。活躍に応じて報酬は変動しましたがそれでもだいたい15万〜20万程度。当時は全寮制だったので、寮費や食費、遠征先での食事や洗濯代などを差し引くと手元に残るお金が多くても2万円程度だったんです。なにが一番苦労したかというと食事。毎日の練習でお腹が空いても、お金がないから好きなものを好きなだけ食べることができず体重は減る一方でした。当時スポンサーだったマクドナルドさんのご好意で、1日1セットだけ無料だったので、毎日のように通いましたがさすがに毎日マックは限界が・・・(笑)。

そんな中助けてくれたのは地域の方やファンのみなさんだったんです。練習後や試合後にグラウンドの外で待っていてくれて差し入れをしてくれました。あの感動は今でも忘れられません。食べられるって本当に幸せだって感じました。選手とファンのみなさんがとても近い存在なのは地域のプロ野球ならではかもしれません。

■罵声、賞賛、いろんな経験を

チームは決して強くありませんでした。リーグは2年目で僕たちは発足1年目。この1年の差はとても大きく負ける日々。ヤジを浴びたり新聞で叩かれたりもしました。選手で唯一ブログを書いていた僕でしたが「ブログを書くくらいなら練習したらどうですか?」というコメントをもらったり(笑)今となっては笑い話でしたが、活躍して喜んでもらえたり新聞に大きく載ったりしながらも、過酷な環境は様々な方面で感じてはいました。「これが夢を諦める場所か」と。ただ27歳だった僕にとってはすべてが次につながるステップになっていたことは間違いありません。

23倍理論 ★2018/07/19(木) 14:08:05.66
■夢を切り替える場所、新しい夢に出会う場所

夢を追うことはとても素晴らしいことだと思います。そして、野球選手を目指すたくさんの人が少しでも夢へと近づける場所があることも素晴らしいことです。実際BCリーグにはたくさんの夢追い人がいます。ただその反面、叶わない夢があることも現実。年齢、能力、タイミングなどいろんな要素がすべて合致して初めて夢が現実になりますが、そうじゃない方が確率的に多いのが現状なんです。夢をどう捉えてどう接し、人生にどう活かしていくのか。僕は27歳の時それを感じました。僕が諦めるきっかけになったのは、テレビに映る自分のプレーをみて圧倒的な力不足を感じたからです。

人生は長く、野球選手の時が人生のピークではありません。人生のピークはいつでも“今、この時”。それを教えてくれたのがこの独立リーグであり、あの「夢を諦める場所」という代表の言葉でした。僕はこの言葉には続きがあると思っています。

「夢を諦める場所。そして新しい目標を見つける場所」

僕は夢を追い福井県にきたことで福井の素晴らしさを知りました。そして昨年福井県民になった。エレファンツという場所で野球選手の夢を終わらせ、新しい目標のために福井に接骨院を開きました。ゆるパブに参加しながらこうしてあの時の経験を伝えたり、失敗談や挫折したことなどを共有しています。それができたのも福井にエレファンツがあったから。

いろんな夢を見る子供たちはたくさんいると思います。夢を追いかけ日々を一生懸命生きることはとても素晴らしいこと。一生懸命な中に失敗があり挫折がありますが、その失敗や挫折が次の新しい目標へとつ続く道だということをここ福井県で僕は学んだのです。そんな思いを福井で伝えていきたい。それが福井ミラクルエレファンツでみつけた新しい夢。僕と同じように独立リーガーたちは夢を一生懸命追っていることでしょう。そして新しい夢を毎日探しているのかもしれません。

http://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/623238?page=3
3名無しさん@恐縮です2018/07/19(木) 14:08:33.60
野球自体諦めた方が良いんじゃないか?
日本で根付かなかったし
4名無しさん@恐縮です2018/07/19(木) 14:09:03.43
やきうは貧乏人だらけやね…
5名無しさん@恐縮です2018/07/19(木) 14:09:36.44
人の多いとこじゃないと根付かない不人気
6名無しさん@恐縮です2018/07/19(木) 14:09:58.26
https://youtu.be/jj7-Y8GIuW0
7名無しさん@恐縮です2018/07/19(木) 14:09:59.47
野球の夢って何?
8名無しさん@恐縮です2018/07/19(木) 14:10:06.85
>>1
遊んで15マンもらえるならいいな
その後の人生知らんけどw
9名無しさん@恐縮です2018/07/19(木) 14:11:17.19
>>3
NPBの観客数は絶好調だぞ。
10年後は知らんけど。
10名無しさん@恐縮です2018/07/19(木) 14:11:40.46
>>1
おっさんが野球やってるの見てもしょうがないしな
嫌なら他の仕事探せばいいだろ
11名無しさん@恐縮です2018/07/19(木) 14:13:04.79
夢を信じて生きてゆけばいいさ
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